パニック障害

初めてパニック発作を起こした時

ムカイヤマ
ムカイヤマ
初のパニック発作は覚えてるもんですね~

ムカイヤマ(@3kyotoiju)です。

今回は、初めてパニック発作を起こした時についてお話しします。

もう20年くらい前の出来事なのに、発作を初めて起こした時の場面と恐怖心は、今でもはっきりと覚えています。

出来事そのものよりも、発作が起こった瞬間の恐怖心と症状が、身体で覚えてるんですよね。

身体が覚えてるということは、脳も覚えていて、ふとした瞬間に思い出してしまいます。

でも、身体にも脳にも自分の中だけでとどめておくのは本当はつらいので、思い切って出来事を表に出します。

慢性的な睡眠不足とストレスがたまってた

初めてパニック発作を起こしたのは、1999年の22歳、2回目の大学3回生の時です。(大学は学部を変えて編入学しているので、3回生を2回やっています。)

当時、自力で買ったパソコンが自宅の部屋にあり、テレホーダイの23時からネットにつないでいました。

富山にいてLGBTが周りに一人もいなかったので、ネットだけが全国のLGBT当事者とつながる手段でした。

ネットでは当事者とチャットをしたり、ICQというメッセンジャーで個別でやりとりしていました。

ケータイを持ち始めたのもこの時ですね。なつかしい。

23時からテレホにつなぐものですから、夜寝るのがどうしても遅くなってしまいます。夜は0~1時まではつないでました。

大学は自宅から通学していたので、1時限目からだと朝7時には起きなくてはいけません。

毎日5~6時間しか寝てないので、睡眠時間が慢性的に短くなってしまいます。

仲良くしてる人と毎晩お電話→睡眠不足

テレホに加えてもう1つ、睡眠時間が少なくなる出来事があったんです。

私は当時、ネットで知り合った神奈川のFTMの方と仲良くしていました。5歳年上のお兄さんでした。

ネットでテレホする一方で、彼とほぼ毎晩電話していました。

私は大学生でお金がなかったので、いつも彼から、電話をかけてもらってました(申し訳なかったです)。

一応半年くらいは付き合ったことにはなるのでしょうか。2回会いに来てくれました。

(その彼とはパニック障害が決定的になったあとで連絡が途絶えて、自然消滅してしまいました。)

毎晩電話をしているので、精神的に不安定な上に、睡眠不足が重なりました。

初パニック発作は帰りの電車の中

1999年の12月前半だったでしょうか。

大学からの帰りの電車の中です。

あの日は先頭車両に乗って座ることができました。16時頃です。

突然、激しい動悸がして、強い恐怖心におそわれました。

汗も吹き出しました。

こわいよ~~

こわい~~~

早く降ろして!早く!!

早く駅に着いて!!!!

電車内の座席で発作がきて固まったまま、なんとか到着駅について、降りました。

フラフラになりながら、駅の階段をのぼって、改札を抜けました。

死ぬかと思った・・・

自宅は駅から「車で」10分かかります。4kmは離れてるんですね。

駅近くの駐車場に向かい、運転大丈夫かなと不安になりながらも、なんとか運転して自宅に着きました。

あれは一体何だったんだろう?

「たまたま起こったことで、1回だけだったら、まあ、大丈夫かな」と思えたのですけど、間を置かずに2回目の発作が起こったんです。

2回目の発作は暗い大教室の中で

1回目の発作から数日後、少し不安を感じながらも、大学に電車と市電をいつも通り乗り継いで向かいました。

その日の3時限目の授業は、400人は入る大教室で行なわれていました。

私は一緒に授業を受ける友達がいなくて、一人で教室内の長机の端っこに座っていました。

先生がやってきて映像を見るために、教室のカーテンがしめられて、電気を消して、暗くしました。

何の映像だったかさっぱり覚えていないのですが、映像が流れている間に発作が起こりました。

動悸と強い恐怖心です。

早く映像終わってくれーー!!

大教室から早く出してくれーー!

こわいよ、こわいよーーー!!!

時間が流れるのが遅いこと遅いこと。

身体が固まったまま座っていました。

やがて授業が終わり、フラっとしながら教室を出て、すぐに自宅に帰ることにしました。

大学から自宅までは、市電~電車~車と1時間半かかります。幸い市電でも電車でも発作は起こりませんでした。

その日はなんとか自宅に着きました。

そして、発作が起こるかもという強い恐怖心があり、その日以降大学に行けなくなりました。

電車が怖くて乗れないし、教室が怖かったからです。

自宅からもなかなか出れなくなりました。

その後、クリスマスあたりの日に近くの精神科を受診することになります。

パニック発作が起きたからできなかったこと・できたこと

20年近くたった今でも、パニック発作を初めて起こした時のことをはっきりと思い出せてしまいます。

この種の記憶は消えないものですね。。

あの時パニック発作が起こらなかったら、パニック障害になっていなかったら、どんな人生になっていたでしょうか。

想像はつきます。

大学を卒業して、性同一性障害と共に生きながら、外で働いて、治療するお金をためて、オペに踏み切っていたでしょう。

富山を出て関西(大阪か京都かはわからないけど)に飛び出していたでしょう。

旅行にも行けていたかな。

パニック障害を発症しても望みが2つもかなってる

あれ?

大学は退学してしまったけど、ツレのおかげで京都市に住んでいるし、卵巣がんになったので、卵巣と子宮をオペで取ってしまってます。

気がついたら望みが2つもかなってるじゃないの!

また、パニック障害になったから、家にいることが多くなって、パソコンやWEBにくわしくなって、気がついたらWEBの仕事を細々とできるようになってました。

独学でWEBスキルを身につける時間がたっぷりとあったんです。

パニック障害だからできなくなったこともあるし、パニック障害だからできるようになったこともあります。

どっちもどっちです。

いまは、パニック障害は治るとか治らないとか考えないで、お付き合いしていくものとして、個性や属性として共生しています。

初パニック発作と向き合うことが先へとつながる?

今回、初めてパニック発作が起こった時と向き合えて、客観的に見る機会ができてよかったです。

思い出したくないことをあえて思い出して、表に出してしまうのも、もしかしたら改善に向かう一つかもしれません。

ではでは!